【感想】『記憶の対位法』フランス文化に浸れる文学作品

今回は、高田大介さんの『記憶の対位法』の魅力について、感想を交えながらご紹介していきたいと思います。

「知的探求の喜びに満ちた最新長編ミステリ」と帯で紹介されていたので手に取ったのですが、読んでみると想像していたものとは少し違っていて、とても良い意味で期待を裏切られた作品でした。

フランスを舞台にした物語なのですが、観光ガイドでは知ることのできない現地の人々の暮らしや文化に触れることができて、読み応えがありました。

目次

あらすじ

フランス・リモージュで記者として働くジャンゴは、祖父マルセルが住んでいた村からの要請で、遺品整理のためにモンマルドゥへ訪れます。

祖父の遺品整理をしていると、小さな木箱と古い書類が見つかります。二十あまりの黒檀の箱には上下のフチがギザギザの紙片が入っていました。

祖父の足跡を辿る過程で、ジャンゴは音楽の専門家や様々な人々と出会います。そして、教会でのパイプオルガン演奏との遭遇が、彼に「対位法」という音楽概念への理解をもたらします。

記者としての日常で直面する社会問題と、祖父の過去を探る旅が次第に重なり合い、ジャンゴ自身の価値観や人生への向き合い方に変化が生まれていく物語です。

主要な登場人物

ジャンゴ・レノールト
主人公。フランス・リモージュで記者として働く青年。

社会問題に関心を持ちながらも、かつての仲間からの批判に消極的な態度を取っていた。祖父の遺品をきっかけに、自分のルーツと向き合うことになる。

ゾエブノワ
西洋古典専攻の大学院生。物語の終盤で彼と「歴史とは何か」について議論を交わす重要な人物。
ジャンゴの思考の変化を支える存在として描かれている。

マルセル・レノールト
ジャンゴの祖父で物語の鍵となる人物。
アルザス=ロレーヌ地方出身で、ジャンゴが生まれる前に亡くなる。遺された小箱と書類が、ジャンゴの人生を変える旅の始まりとなる。

作品概要 観光ガイドでは見えないフランスの姿

物語の舞台はフランス・リモージュです。

主人公のジャンゴは記者という職業柄、様々な社会問題に直面する日々を送っています。

そんな彼が祖父の遺品を通して、ルーツであるアルザス=ロレーヌ地方の歴史や、音楽という新たな世界に触れていく過程が丁寧に描かれています。

フランス文化への深い洞察

この作品で特に印象深いのは、フランスの文化・政治・法律・歴史・音楽といった多岐にわたる分野が、ストーリーと自然に溶け込んでいる点です。

著者の高田大介さんがフランス在住ということもあり、読者は観光目線ではない、現地住民の生活に密着した視点でフランスを知ることができます。

たとえば、ジブリ映画『ハウルの動く城』で見た美しい街並みを思い出す人も多いでしょう。

あの木造の幾何学模様が特徴的な建築は「コロンバージュ」と呼ばれ、まさにジャンゴの祖父が生まれ育ったアルザス地方で見られる建築様式なのです。

こうした具体的な文化的背景が、物語をより魅力的で現実味のあるものにしています。

「対位法」というタイトルの意味

作品中で最も印象的なシーンの一つが、ジャンゴがカテドラル(教会)でパイプオルガンの演奏を聞く場面です。ここで彼は、「対位法」を実際の経験を通じて理解します。

対位法とは、複数の旋律を同時に奏でる音楽技法のことです。

ここでハッとしたのは、本の文字情報だけだと分かりづらかったものが、読者である自分もパイプオルガンの旋律や教会の空間、そして旋律が何層にも重なる合唱、あるいは劇場に響き渡るオペラ…そのようなものを思い出して、自分も主人公のように理解する過程をある意味「体験した」からです。

分からなかったものの輪郭がわかるようになる。小説ならではの体験と言いますか、著者がこの流れを作ったのも技術のように思えて、この作品を読んでよかったと思いました。

主人公の成長と読者の変化

ジャンゴの内面の変化

記者として社会問題に向き合いながらも、かつての仲間からの批判に消極的だったジャンゴ。

しかし、祖父の足跡を辿りながら、音楽分野の人々と話してみたり、上司と議論を交わしたりすることで彼の意識に変化の兆しが見えてきます

この成長過程が自然で説得力があります。

読者が得られる新たな視点

この作品を読むことで得られるのは、「フランスに住む人の視点」だと思いました。

旅行ガイドブックでは知り得ない、現地の人々の日常生活や考え方を垣間見ることができます。

現地の人はどんな人がいたり、どんな風に進路を選んでいたりするのか。どんなご飯を食べたり、どんな乗り物に乗るのかなど、「フランスにおけるある人の日常」をイメージできたのが面白いと思いました。

リモージュを中心とした描写から、読者はフランスの他の地域への興味も湧いてくるのではないでしょうか。

類似作品との比較

この作品は百田尚樹さんの『永遠の0』と構造的に似ている部分があります。

どちらも「故人の生前の軌跡を辿る」という設定で、様々な人との出会いを通して主人公が成長していく物語です。

ただし、『記憶の対位法』はより文化的・芸術的な要素が強く、知的好奇心を刺激する作品となっています。

読み方のコツと注意点

ミステリーとしての期待は控えめに

帯にある「ミステリ」という言葉を見て読み始めると、ギャップを感じるかもしれません。

たしかに謎はありますが、明確な謎解きや驚きの真相が明かされるタイプの作品ではありません。

むしろ、美しい言葉や豊かな表現に出会うことで、異なる時代や文化の物語を通じて視野が広がる作品として読むことをおすすめします。

専門用語は後回しでも大丈夫

作中には音楽、歴史、法律などの専門用語が多数登場します。

「ディスカントゥス」や「記憶の法律」など、聞き慣れない言葉に出会いますが、まずは全体の流れ(ストーリー)を追うことを優先しましょう。

詳細は読み終えてから調べても遅くありません。

どんな読者におすすめか

フランス文化に興味がある人
音楽や世界史に関心がある人
『永遠の0』のような構成の物語が好きな人
異文化への理解を深めたい人

特に、ヨーロッパ旅行を計画している方や、ジブリ映画『ハウルの動く城』のような美しい街並みに憧れを抱いている方には、現地の文化的背景を知る良いきっかけになるでしょう。

また、音楽に造詣が深くない方でも、作品を通して新たな芸術の世界に触れることができます。

知的好奇心旺盛で、読書を通じて自分の視野を広げたいと考えている方にとって、この作品は楽しくてためになる本です。読むことで、きっと世界が広がるでしょう。

まとめ:読み応えのある文化的体験

『記憶の対位法』では、知的で文化的な楽しみを味わえます。フランスという国の多面的な魅力を知ることができ、同時に歴史について考えさせられます。

専門知識の多さに圧倒されそうになるかもしれませんが、それもまたこの作品の魅力の一つです。

気になる分野があれば、それをきっかけにさらなる学びへと発展させることもできるでしょう。

音楽の「対位法」のように、様々な要素が重なり合って作り上げられたこの作品は、文化を深く味わえる貴重な体験になるでしょう。

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