超能力と猫という異色の組み合わせに惹かれて手に取った伊坂幸太郎の『ペッパーズゴースト』。
読み始めた時は主人公の不思議な能力に注目していたのに、気がつけば猫のアメショーとロシアンブルに完全に心を奪われていました。
フワフワとした不思議な読後感と、思わず「もっと猫たちの会話が聞きたい!」と思ってしまう愛らしさ。
伊坂ワールド全開の本作について、猫に魅了された一読者として正直な感想をお伝えします。

あらすじと登場キャラクター
あらすじ
中学校の国語教師・檀千郷(だんちさと)は、他者の”未来”が少し観える不思議な力を持っています。
この能力を「先行上映」と呼んでいる檀先生は、ある日女子生徒から自作の小説原稿を渡されます。
その小説の中では、猫を愛する奇妙な二人組「ネコジゴ・ハンター」が大暴れしていました。
登場キャラクター
檀千郷(だん ちさと)
本作の主人公。
中学校の国語教師で、ある条件が揃うとその人の未来が見えてしまう能力「先行上映」の持ち主。
真面目で責任感が強く、トラブルに巻き込まれがちな性格。
里見八賢(さとみ はっけん)
主人公が受け持つ生徒の父。物語の鍵となる重要なキャラクター。
アメショー
ネコジゴハンターの一員で、すごく楽観的な性格。口癖は「アメショー、ハラショー、松尾芭蕉」。
「まぁ、なんとかなるでしょ」というスタンスで、軽快なツッコミが魅力。
ロシアンブル
ネコジゴハンターの一員で、すごく悲観的な性格。口癖は「もうおしまいだ」。
心配症で常に不測の事態を予想し、石橋を叩いて渡るタイプ。

感想|フワフワとした不思議な余韻
読み終えた瞬間の気持ち
読み終わったとき、フワフワと不思議な感覚のまま本を閉じました。
中盤からずっと猫のアメショーとロシアンブルに持って行かれてしまい、伊坂さんらしい現実と空想の絶妙な合わせ方が、作中で登場する猫たちの魅力を最大限に引き出していました。
読み終えても、アメショーとロシアンブルの会話をもっと聞きたくなる。そんな後を引く作品でした。
久しぶりの伊坂ワールドで思い出した「らしさ」
久しぶりに伊坂作品を読んだ私にとって、最も印象的だったのは伏線回収のシーンです。
一瞬飲み込めなくて「…え?」となる瞬間があり、前のページを読み返してしまいました。
伊坂さんファンであればおなじみの感覚かもしれませんが、前提が覆される「やられた!」という驚きこそが伊坂さん「らしさ」の醍醐味だと改めて思い出しました。
読み返してみると、本当に見事に計算されていることに感心します。
不思議な感覚がありながらも不快ではなく、独特の面白さになっている点が読んでいて楽しかったです。

主人公と猫たちの魅力
檀先生
主人公の檀先生は、真面目で物事に向き合おうとする姿が、中学校の先生としてすんなりと受け入れられるキャラクターでした。
ただ、「自分がやらなくては」という使命感が強すぎて、背負った結果は不憫なことの連続。
トラブルがずっと続くので、あまりの不遇さに苦笑いしてしまいました。
アメショーとロシアンブルの絶妙なコンビネーション
本作でのお気に入りの登場キャラクターは、ロシアンブルとアメショーです!
ロシアンブルの魅力
・とても心配症で、ずっと「不測の事態を予想しては備える」ことを繰り返している
・あらゆるものに危機を感じて石橋を叩いている
・不安がるだけではなく、ちゃんと行動にも移すたくましさがある
アメショーの魅力
・楽観的で「まぁ、なんとかなるでしょ」というスタンス
・ロシアンブルの心配事に軽快にツッコむ
・深刻に受け止めず、自然体でひとつひとつに言葉を返していく
ロシアンブルの心配事が細かすぎてお笑いのボケレベルになり、アメショーが自然体でツッコんでいく。
この珍妙でテンポの良いやりとりがクスッと笑えて、なんて良い組み合わせなんだと思いました。
人の第一印象にひっぱられる性質のせいで、私の頭の中ではすでに猫のロシアンブルとアメショーが二足歩行の擬人化された姿になっていました。
そのおかげで、最後まで不思議でかわいらしい猫の活躍を楽しめました。

「永遠回帰」にこだわるサークルメンバー
サークルメンバーが考える「永遠回帰」への違和感
この作品で一番モヤモヤしたのは、ニーチェの「永遠回帰」に関する部分でした。
作中では主人公も中学校の生徒も、サークルのメンバーもニーチェを読んでいて、「永遠回帰」を発端に事件が進んでいきます。
しかし、サークルのメンバーがものすごく「永遠回帰」に囚われていて、「そんなに一人の『こうだ』と言った論理を信じるのはどうなんだ?」と彼らの思考の飛躍にヒヤヒヤしました。
一つの考え方にこだわる危うさ
誰かが言った言葉について思考を巡らせるのは大事だと思いますが、彼らは他の考え方を視野に入れないまま、「永遠回帰」を「人生は変わらず、永遠に繰り返される」と年長のメンバーが簡単に説明した言葉を絶対としてしまいました。
たまたま出会った言葉にこだわる姿に、危うさともの悲しさを感じ、一つの考え方に執着するリスクについて考えさせられました。

伊坂作品としての魅力
現実とフィクションの境界線
作中では、主人公にとっての何気ない日常の中にすでに伏線があり、覚えていれば伏線回収時に「あのときのことか!」となる仕掛けが散りばめられています。
この物語の構成で他の作家には真似できないと思ったのは、不思議な感覚がありながらも受け入れやすい点です。これこそが伊坂さんらしさの真骨頂だと感じました。
社会への視点
作中では表と裏の顔がある人の二面性が描かれていて、現代社会における「真実」と「見た目」の違いについても考えさせられます。
サークルが作られることになった事件の真実と世間で知られている情報の違いなど、私たちの日常でも経験しそうな認識のズレがうまくに織り込まれています。
見えているものが別の場所で起きているという「ペッパーズゴースト」をタイトルにしているのは、真意は別のところにあることを指しているのかもしれません。

おすすめしたい読者・注意点
こんな人におすすめ
・猫が好きな人 ロシアンブルとアメショーの愛らしさは必見です
・不思議な感覚を味わってみたい人 伊坂ワールド全開の体験ができます
・あさのあつこ『The MANZAI』のような空気感が好きな人 読んでいてクスッと笑えて自然と気が抜ける感覚が似ています
読む際の注意点
一部、動物(猫)に対する暴力的な描写があります。
気になる方は、よくない気配を察知したら1ページくらい飛ばして読み進めることをおすすめします。
私としては、ロシアンブルとアメショーの会話を楽しんでほしいと思います。
まとめ
複雑な哲学的テーマを扱いながらも、愛らしい猫たちのキャラクターと軽妙な会話で読者を楽しませてくれます。
読後には、アメショーとロシアンブルの温かな友情と、現実と虚構のあいまいな境界線を味わった不思議な余韻があります。久しぶりに伊坂作品を読んで、改めてその魅力に引き込まれました。
猫好きの方はもちろん、初めて伊坂作品に触れる方にもおすすめしたい一冊です。
ぜひ、この不思議で愛おしい物語の世界に足を踏み入れてみてください。